■ はじめに
2025年8月9日、中国の消費者物価指数(CPI)は前年比0.0%と、市場予想の−0.1%を上回る数字となりました。前月(6月)は+0.1%だったため、二ヶ月連続でマイナス圏は回避したことになります。
一見すれば「景気の持ち直し」を示す材料にも思えますが、問題はこの数字を“そのまま”信じていいのかという点です。
中国共産党が過去から繰り返してきた「数字の整え方」や「不都合な情報の隠し方」を踏まえれば、今回のCPIも別の角度から読み解く必要があります。
【参考資料】
今回の中国CPI:具体数値と市場予想
2025年7月の中国CPI(前年比)
- 実績:前年同月比 0.0%(フラット)
- 市場予想:-0.1%のマイナスを予想していたが、下方予想を上回る結果に
- 前月との比較:6月の前年比は +0.1%
月次ベース(前月比)の動き
- 7月実績(月次):+0.4%
- 予想:+0.3%を上回る伸び(ロイター+新華社通信、他)
背景・補足情報:6月の動き
コアCPI(除食料・エネルギー):+0.7%で14ヶ月ぶりの高水準 (ロイター)
前年比:+0.1%(前月 −0.1% → プラスに反転)
予想:0.0%あるいは −0.1%の予想が多かった(ロイター+中華人民共和国中央政府)
■ CPIとは?
消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)は、家計が購入するモノやサービスの価格変動を示す統計指標です。
世界中の中央銀行や市場関係者が最も注目する物価指標のひとつであり、金融政策の判断材料として欠かせません。
ポイントを整理すると:
- 算出方法:食料、エネルギー、衣料、家賃、交通、医療など幅広い品目を「カゴ」に入れ、価格の平均変動を計測する。
- 基準値:多くの国で基準年=100とし、その後の価格変化を指数で表す。
- 意味するもの:CPIが上昇=インフレ、CPIが低下=デフレ傾向。
- コアCPI:食料とエネルギーなど変動の大きい項目を除いた指数。物価の基調を測るために重視される。
例えば、日本や米国では「前年比+2%」が金融政策のターゲットとされ、物価安定の目安になっています。
一方、中国の場合は「数字が本当に実態を反映しているのか?」という疑念がつきまといます。
単なるインフレ・デフレ指標ではなく、政治的なメッセージや統制の道具として利用されることが多いからです。
👉 この記事で扱う「中国CPI 0.0%」は、単に「物価が横ばい」という事実ではなく、
「なぜゼロに見せたいのか?」「裏でどんな修正があったのか?」を読む必要があるのです。
■ 歴史的な根の深さ
中国の統計や情報公開のあり方は、政治体制に深く根ざしています。情報統制と秘密主義は制度の一部であり、過去の大きな事件でも顕著でした。
- 1989年の学生デモ弾圧事件である天〇門:国内報道は封鎖され、国際報道は徹底的に規制。
- ゼロコロナ政策(2020〜2022年):感染者数や死亡率の公表は制限され、突然の政策転換が国内外を混乱させた。
こうした事例は、「不都合な情報は出さない」行動様式が長期にわたり継続していることを示しています。
■ 現在の構造的問題
3-1. 経済減速と統計の信頼性低下
- 数字の修正パターン:速報値と確定値がほぼ同じか、確定値が改善方向に修正される傾向。例:GDP成長率 → 速報値+5.0% → 確定値+5.2%。CPIや失業率でもネガティブ方向の修正はほぼ皆無。
- 公的指標の隠蔽・改ざん疑惑:青年失業率や就業データの公表停止、GDPや工業生産の大幅修正、CPIの「統計作法」による調整など。
【参考資料】
1. 数字の修正パターン
- 速報値と確定値の差は小さいか、むしろ改善方向に修正。
例:GDP成長率 → 速報値+5.0% → 確定値+5.2%。 - CPIや失業率でも、ネガティブ方向の修正はほぼ皆無。
→ 景気安定を演出する意図が透ける。
2. ネガティブ指標の出し方
- 抱き合わせ戦術:失業率悪化と同時に輸出増加を発表し、見出しはポジティブ一色に。
- 時間帯戦略:祝日前や週末夕方にネガティブデータを出し、海外報道の初動を遅らせる。
- 発表順の操作:複数指標の最後に悪材料を置き、注目を削ぐ。
3. 公的指標の隠蔽・改ざん疑惑
- 青年失業率や就業データの公表停止。
- GDPや工業生産の大幅修正例あり。
- CPIも「統計作法」の名目で調整される可能性。
【参考資料】
公的指標の公表中止──数字そのものが消える
中国国家統計局は、ここ数年でいくつもの重要経済指標の公表を停止しています。
• 青年失業率(16〜24歳)
2023年夏に「技術的見直し」を理由に公表中止。直前の数値は 21.3% と過去最悪レベル。
裏では、就業とみなす定義を変更し、失業者数を統計から外す作業が進められていたとの指摘もあります。
• 地方政府の債務総額
公表頻度が不定期化。地方政府債務は公式に約6兆ドルとされますが、隠れ債務を含めると GDPの100%超 との試算も存在。
特に地方融資平台(LGFV)の負債は、表に出れば金融システム全体の信用不安に直結します。
• 不動産価格指数の一部
主要都市の詳細データが削除・簡略化。地域ごとの下落率が市場心理に与える影響を警戒しているとみられます。
指標そのものが消えるというのは、「景気の悪化」ではなく「悪化の証拠隠滅」を意味します。
3-2. 外資撤退と米中デカップリング
米中対立の長期化により、多くの外資系企業が中国から撤退し、ASEANやインドへ拠点を移しています。製造業だけでなく、金融・ハイテク分野でも同様の動きが加速しています。
3-3. 地方政府債務・不動産問題
- 不動産関係の続報隠蔽:恒大集団や碧桂園の破綻処理進捗が途絶。不動産販売データや中古住宅価格の下落幅は非公表。
【参考資料】
2021年に世界を揺るがせた恒大集団の巨額債務危機。
あの時、中国国内の不動産バブル崩壊が現実味を帯び、外資系メディアも「リーマンショック級」と報じました。
しかし、その後の進展や破産処理の詳細は、中国国内のメディアからほぼ姿を消しました。
同じく、中国最大級の不動産デベロッパー「碧桂園(カントリーガーデン)」も、債務不履行や資金繰り難が明らかになってから急速に報道が減少。
この2社は中国の住宅市場全体を象徴する存在であり、数百万人規模の購買層や関連産業を抱えていましたが、その影響や処理状況は闇の中です。
裏読みすると──
破産・再編の規模や、地方政府・国有企業への損失補填の実態が、経済成長率の数字に壊滅的打撃を与える可能性があるため、あえて情報を止めていると考えられます。
- 高速鉄道公社の赤字:建設負債が巨額化し赤字が累積。一部路線の運休や縮小の噂もあるが、公式発表では「黒字」や「安定運営」が強調される。
【参考資料】
中国の高速鉄道は、延べ営業距離4万キロ超で世界一。
しかし、その維持費と債務は国家財政に重くのしかかっています。
中国国家鉄路集団(旧中国鉄道総公司)は、巨額の社債を発行して高速鉄道網を拡大しましたが、その多くは採算が取れていません。
地方路線は利用者が少なく、運賃収入が金利すら払えない赤字垂れ流し状態。
最新の財務報告も詳細部分が非開示になり、過去の累積赤字額や債務償還計画は不透明に。
鉄道事業は表向き「国民の利益」「国家戦略」として守られますが、その裏では地方政府や国有銀行が延命融資を続け、返済能力のない債務が積み上がる構造になっています。
- 地方政府の債務超過:LGFV(地方融資平台)の隠れ債務が膨張。公共事業縮小や給与遅延が報じられるが、統計には反映されない。
【参考資料】
地方政府の債務超過
公共事業縮小や給与遅延など、住民生活への影響が報じられる一方で、公式統計には反映されない。
LGFV(地方融資平台)の隠れ債務が膨張。
■ 国際社会との摩擦点
- 貿易摩擦:半導体やAIチップへの関税引き上げ、輸出規制の応酬。
- 安全保障:南シナ海での軍事拠点化、台湾への圧力強化。
- 対欧州・新興国:一帯一路での融資圧力や返済遅延問題。
こうした摩擦は、中国が国内経済の弱さを覆い隠しつつ、国際社会での立場を維持しようとする動きと表裏一体です。
国際比較から見える中国CPIの“特殊性”
世界各国のCPIは、それぞれの統計文化や政府の透明性を反映しています。
例えば──
- 米国
速報値と確定値に差が出ることも多く、後から「大幅下方修正」が市場を驚かせるケースもある。雇用統計も同様で、速報はしばしば“作文”と揶揄されるが、その後の修正こそがリアル。
→ 数字が修正される=信頼性が高い という逆説的評価につながっている。 - 日本
CPIは総務省統計局が算出し、細かい品目データも公開される。速報値と確定値の差はほぼなく、操作の余地が極めて小さい。
→ “正確だが市場インパクトは小さい” のが特徴。 - 欧州(ユーロ圏)
HICP(調和消費者物価指数)が共通指標。加盟国ごとに統計局が算出するため、速報と確定のズレはやや大きいが、統一ルールのため透明性は担保されている。
こうした国際比較の中で、中国のCPIは「修正がほぼプラス方向にしか動かない」「公表停止がある」という点で異質です。
つまり──「数字の揺れ幅」が小さいほど統計は“作られている可能性が高い”という逆説が、中国に当てはまるのです。
■ CPI操作の“技術”調整
中国がCPIを調整する際、いくつか典型的な“技術”が使われると指摘されています。
- 補助金による価格押さえ込み
・都市部で電気代・ガス代に補助金を出すことで、実際の生活コスト上昇をCPIに反映させない。
・特に冬季の暖房費用は「国策として抑える」ことが多い。 - 国定価格の固定化
・高速鉄道や公共サービス料金を「据え置き」とすることで、CPI上のインフレ率を低く維持する。
・実際には赤字が地方債務や銀行融資として積み上がっていく。 - 品目入れ替え(バスケット操作)
・下落が目立つ食品や家電の比率を高め、上昇している住宅関連や教育費の比率を下げる。
・これにより「平均値」としてのCPIが人工的に抑え込まれる。 - 発表タイミングの調整
・祝日前や週末に“ネガティブな数字”を発表して市場の注目を逸らす。
・同日にポジティブな統計を抱き合わせで出す“ニュース埋め込み戦術”も常套手段。
■ “見えない中国”が市場や政策に与える影響
読みポイント──なぜ隠すのか?
中国共産党が数字を隠す最大の理由は、「成長神話」の維持です。GDP成長率が7〜8%と高く見える時代は、多少の赤字や不良債権も吸収できました。しかし、現在は成長率が実質ゼロ〜マイナス圏に近づき、都市失業率や不動産の暴落が直撃しています。
情報が表に出れば、以下のドミノが一気に起こる可能性があります。
- 外資撤退の加速
- 人民元の信頼失墜
- 地方銀行の取り付け騒ぎ
つまり、「数字を出さないこと」そのものが経済政策の一部になっているのです。
海外から見たリスク
外部の投資家や企業からすると、中国の経済データの信頼性低下は致命的です。製造拠点の判断、輸出入契約、資源取引の見通しが立たなくなります。その結果、サプライチェーンの中国依存からの脱却が加速。米国や日本、ASEAN諸国が進める「チャイナ・プラスワン」戦略は、この「隠された数字」への不信感が背景にあります。
- 投資家心理:統計信頼性の低下は海外投資家の中国離れを加速。
- アジア経済への波及:人民元安が周辺国通貨に波及し、輸出競争が激化。
- 報道タイムラグ:中国発の重大リスクが表に出るまで、数週間から数ヶ月かかることも珍しくない。
■ まとめと裏読み視点
今回のCPIゼロ成長は、表面上は安定感を示す数字ですが、背後には以下のような政治的意図が潜んでいる可能性があります。
- 国内世論の消費マインド維持
- 人民元相場の安定演出
- 国際交渉でのカード化
「表に見えている中国」と「裏に隠れている中国」は二層構造です。今回の数字はその表層にすぎず、真に注目すべきは独立系データや市場の実態との乖離です。
次に表面化する可能性があるのは、不動産市場の急変動、地方政府債務危機の顕在化、そして対外摩擦の激化です。数字は時に“演出”されます。その背景を読み解くことこそが、私たちが持つべき市場感覚です。
ふかちん&GP君の掛け合い
GP君:「ゼロ成長って言われると、一瞬“横ばいで安定”って感じがするけど…」
ふかちん:「でも、その“横ばい”をどう作ったのか、そこがミソなんだよ。」
GP君:「やっぱり数字の裏にはストーリーがあるってこと?」
ふかちん:「そう。見えてるのは表層だけで、本当の中国はその奥にある。」
二人:「それを読むのが、“ふかちん&GP君流の真骨頂”です。」
出典
今回の記事は以下の報道・資料を参考に再構成しています
・ 新華社通信:月次CPI速報の中国語版一次報道
・ ロイター通信:中国CPI・コアCPI速報、月次ベース推移の詳細データ
・ ブルームバーグ:青年失業率公表停止、外資撤退に関する分析記事
・ ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ):地方政府債務、恒大・碧桂園の不動産危機報道
・ フィナンシャル・タイムズ(FT):中国経済減速の国際的影響とサプライチェーン移転
・ 中華人民共和国国家統計局(NBS)公式サイト:発表データ・公式声明

