ー 政治が金融政策を動かすとき
カテゴリ:米金融政策| 2025年8月15日(JST)
7月の米PPI(生産者物価指数)が前年比+3.3%と急騰し、市場予想(+2.5%)を大きく上回りました。前月比でも+0.9%と、2022年6月以来の大幅な伸びです。コアPPI(食品・エネルギー除く)も前年比+3.0%と、6月の+2.1%から加速。企業段階でのコスト上昇が鮮明になっており、今後の消費者物価にも波及するリスクが高まっています。
市場ではFRBの9月利下げ幅は0.25%との見方が残る一方、大幅利下げの期待はほぼ後退。為替ではドル円が一時147円台後半まで上昇、ドル指数も上昇基調を示しました。
「ベッセントさん”らしくない”」発言
そんな中、米財務長官のスコット・ベッセント氏が「FRBはまず0.25%利下げから始め、その後加速も」と発言。本来は物静かで、政治色を前面に出すタイプではない彼にしては、今回は“ベッセントさんらしくない”踏み込みでした。
さらに異例だったのは、「FRBに関与していない」とわざわざ注釈を加えた点(政策金利は、中央銀行に当たるFRBで協議されるものです)
これはFRBの独立性に配慮した表現である一方、トランプ政権の強い意向を市場に強く伝えるメッセージにもなっています。加えて、日本訪問では植田日銀総裁に「利上げするだろう」と発言。他国中銀の政策にまで踏み込む姿は、やはり“らしくない”と言わざるを得ません。
第1章:PPIが示す物価圧力
7月の米PPIは総合・コアともに市場予想を大きく上回りました。数字の強さを具体的に見ると、今回のインパクトがはっきり分かります。 【参考資料】7月PPI:実績・前月・予想の比較
指標 | 前月比(7月) | 前月比(6月) | 年率(7月) | 年率(6月) | 市場予想(7月) |
---|---|---|---|---|---|
総合PPI | +0.9% | +0.2% | +3.3% | +2.4% | +0.2%(前月比) |
コアPPI(除く食品・エネルギー) | +0.5% | +0.3% | +3.0% | +2.1% | +0.2%(前月比) |
出典:米労働省労働統計局(BLS) 2025年8月14日発表
これを見ると、予想+0.2%に対して総合PPIが+0.9%、コアも+0.5%と大幅に上振れしているのが分かります。前月からの加速が顕著で、企業コストの押し上げが続いていることを示唆します。
特別パート:板挟みの中間管理職
今回の発言の背景には、ベッセント長官ならではの複雑な立場があります。片や大統領からは「もっと早く利下げしろ」という政治的圧力。片やパウエルFRB議長は「インフレが落ち着くまで動かない」と突っぱねる。
内心では「利下げ、利下げうるさいな…」と思っているに違いありません(苦笑)。しかも先日、トランプ大統領とパウエル議長が直接会談した際、ベッセント長官は席に呼ばれず。まるで当事者抜きで進む上層部会議を見送る中間管理職のようです。
こうした板挟み状況の中、ベッセント長官はあえて市場に“越権”とも取られる発言をし、政権の意向を代弁する役を引き受けました。
補足:発言の真意と「1.5%利下げ」論の現実性
ベッセント長官の「日銀は後手に回っている」という発言は、一見すると金融政策論に見えますが、その裏には「米国が利下げに動く前に、日本が先に利上げしてくれ」という切実な思惑が透けて見えます。円高が進めば、米国の輸入物価も落ち着き、インフレ圧力の一部を外部に逃がせるからです。
加えて、いまのインフレ懸念が強い局面で「1.5%の大幅利下げ」といった案は、現実味はほとんどありません。市場もそこまでの緩和は織り込んでおらず、今回のPPI急騰でその可能性はさらに後退しました。
【市場から見る利下げの底】
債券先物のチャートを見てみますと、既に織り込み済みの部分は18〜24カ月先で、3.02〜3.06%で下げ止まっています。これは単純計算で約1.35%の利下げに相当します。
つまり、大体1.3%後半の利下げで打ち止めではないか…というのを市場では既に織り込んでいる訳です。
この3.02〜3.06%という水準は、FRBが今年6月に提示した「政策金利の長期均衡水準3.0%」とほぼ同じで、発言と数値の整合性が取れています(FRBの指針に寄り添っているとも取れる)。
これから米国は、スタグフレーション等の大幅な景気後退にならない限り、1.5%の利下げ要求は正直厳しい。次期FRB議長がトランプの“Yesマン”であっても、経済人として1.5%の利下げは正直厳しいと思うふかちんでした。
なぜ政治が金融政策に口を出すのか
- 景気演出と支持率:選挙を控える政権にとって、低金利は株高・景気加速を後押しする手段。
- 為替牽制:PPI上振れで進むドル高を、将来の利下げ示唆で抑える狙い。
- 主導権アピール:財務長官を通じ「経済の方向性を主導できる」というメッセージを内外に発信。
独立性の危機と市場の受け止め
FRBの独立性は市場の信頼の基本です。政治色が強まれば、政策の一貫性や信頼性に疑問が生じる可能性があります。
利下げのタイミングや幅が経済データではなく政治スケジュールで決まるようになれば、市場の反応も不安定化しかねません。
関連記事
実は先月のコアCPI発表時にも「本当に利下げするの?」という疑問を取り上げました。今回のPPI急騰は、その疑問をさらに現実的なものにしています。
→ 前回のコアCPIからの検証記事はこちら
まとめ
今回のベッセント財務長官の発言は、単なるコメントではなく、政治が金融政策に影響を与えようとする動きの象徴です。物静かな官僚肌の人物が、あえて“悪役”を演じてまで市場にメッセージを送った背景には、政権の強い意向があります。インフレ再燃の兆しと政治圧力、FRBは独立性を保ちつつ、難しい舵取りを迫られています。
(ふかちんはベッセントさん、会ったことあるし!エコ贔屓です)