カテゴリ:入門シリーズ| 2025年9月17日(JST)
はじめに
ニュースを読むうえで「地図」と並んで重要なのが「資源」です。
石油や天然ガス、レアアース、そして水や食料。これらの資源は、各国の経済・軍事・外交を大きく左右してきました。
資源の有無が国の運命を変え、時に同盟や対立の原因となる──これこそが「資源の地政学」です。
この記事では、資源がどのように世界のパワーバランスを動かしているのかを、歴史と現代ニュースを交えながら解説します。
エネルギー資源:石油と天然ガス
石油(Petroleum)
- 20世紀を「石油の世紀」と呼ぶほど、国家の命運を握ったエネルギーです。
- 中東に巨大な埋蔵量 → サウジアラビア、イラン、イラクが「世界の心臓部」として重視される理由。
- 日本は石油の9割以上を中東から輸入しています → ホルムズ海峡が封鎖されると日本経済は大打撃を受けます。
歴史的事例:1973年オイルショック
OPECが原油価格を4倍に引き上げ、日本を含む先進国は大混乱になりました。
- 街からトイレットペーパーが消え「買いだめ騒動」が発生しました。
- 工場は深刻な燃料不足に陥り、生産調整や操業停止を余儀なくされました。
- 日本政府は「省エネ政策」を本格化 → 世界トップクラスの省エネ大国へと変革しました。
👉 石油は単なるエネルギーではなく、国家戦略と産業構造を根本から変える武器になり得ることを示しました。
天然ガス(Natural Gas)
- ロシアが欧州への供給を外交カードにしてきたことは有名です。ガスパイプライン自体が市民生活を人質にとる「交渉カード」となりました。
- 日本は液化天然ガス(LNG)依存が強く、主な供給国はカタールや豪州が中心。
- エネルギー安全保障の観点から、多様化が急務となっています。
鉱物資源とレアアース
鉄鉱石・銅
- 鉄はインフラと軍事の基盤となっています。中国は鉄鉱石輸入世界一で、豪州・ブラジル経済は中国需要に直結しています。
鉄の大切な3つのポイント - 建物・構造物の建築資材:鉄は引張力に強く、耐久性があるため、構造物(鉄橋)や高層建築物の骨組み、トンネル、ダム、等のインフラ整備で使う鉄筋~街中のマンホールまであらゆる建材に不可欠です。
- 交通インフラの整備:橋やトンネル、鉄道の線路、高速道路の橋脚等に鉄が広く用いられており、交通網の整備には鉄が欠かせません。
- エネルギー供給の基盤:発電所や送電網の鉄塔、パイプラインなど、電気やガスを供給するインフラ施設にも鉄が使用されています。
- 銅は「ドクター・カッパー」と呼ばれる景気の指標。
銅の大切な3つにポイント - 広範な産業での利用:銅は電気をよく通し熱にも強い為、電線や建材、電子部品・自動車・家電等であらゆる分野で不可欠な素材になっています。
- 景気の先行性:建設や製造業が活発になる時期には銅の需要が高まり価格が上昇し、経済が減速する局面では、真っ先に売られて価格が下落する傾向があります。
銅価格の動きは、世界経済の転機において、景気の変動をいち早く示唆する「サイン」として機能しています。 - 国際的な指標:国際指標であるロンドン金属取引所(LME)の銅の先物価格が注目され、世界景気の動向を測る上で重要な指標とされています(重要)
- 現代では EV(電気自動車)や再生可能エネルギー で需要が急増。EV1台に必要な銅はガソリン車の3〜4倍、再エネ発電設備も大量の銅を必要としています。
👉 銅価格の変動は、脱炭素時代の成長シグナルになっています。
レアアース
- スマホ・風力発電・ミサイル誘導装置などに不可欠。
- 中国が世界生産の6割以上を握り、「資源ナショナリズム」の代表格。
歴史的事例:2010年レアアース規制
尖閣沖での衝突事件後、中国は日本へのレアアース輸出を一時制限。
- 日本のハイテク産業は大打撃を受け、代替調達ルートの確保が急務に。
- 豪州や米国からの供給、リサイクル技術への投資が進展。
👉 「資源は外交カード」という現実を、日本は二度目のオイルショックとして体感しました。
食料資源
- 穀物(小麦・トウモロコシ・大豆)は「戦略物資」。
- 日本はカロリーベース自給率が低く、海外依存度が高い。
歴史的事例:2008年「パンの暴動」
原油高やバイオ燃料需要で穀物価格が急騰。
- 世界各地で「パンが買えない」と抗議行動。
- 特に北アフリカ・中東地域で大規模デモが発生。
- 食料インフレは、政治不安や政権崩壊に直結。
👉 食料は「胃袋の外交カード」として扱われます。
水資源
- 21世紀に入り「水の確保」が死活問題に。
- 砂漠地帯では海水淡水化プラントを国家規模で整備。
現代の動き
- エジプトとエチオピア:ナイル川上流ダムを巡り摩擦。
- インドと中国:ヒマラヤ氷河の融解や河川の取り分で対立。
👉 「石油戦争」から「水戦争」へ移行する可能性が議論されています。
歴史に刻まれた「資源をめぐる争い」
資源が国際政治を揺るがした事例は数え切れません。
1973年の第一次オイルショックは、OPECが原油輸出を制限したことで日本を含む先進国が大混乱に陥りました。
日本ではガソリンスタンドに長蛇の列ができ、トイレットペーパーが買い占められる「狂乱物価」が起こりました。
続く1979年の第二次オイルショックでは、イラン革命をきっかけに原油価格が急騰。高度経済成長を続けていた日本経済はブレーキを踏まされ、インフレと不況の「スタグフレーション」に悩まされました。
さらに1971年のニクソンショック。
米国が金とドルの交換停止を宣言したことで、国際通貨体制が大きく揺らぎました。金価格は急騰し、「資源=通貨」という認識を世界に刻みつけた出来事です。
また、1986年のチェルノブイリ原発事故では、放射能汚染が農産物に及び、小麦や乳製品の国際流通が制限されました。資源と安全保障は「石油や金属」だけでなく、「食料やエネルギーの安全」まで深く結びついていることが明らかになったのです。
資源を武器にする国々
資源は「外交カード」としても使われます。
サウジアラビアは石油輸出をテコに国際的な影響力を維持。
ロシアは天然ガスと小麦の輸出を通じて周辺国を牽制しています。
中国はレアアースの供給を絞ることでハイテク産業に対する支配力を強めています。
一方、日本は資源に乏しい国。だからこそ「技術力」と「同盟関係」を武器に、資源調達ルートを確保してきました。液化天然ガス(LNG)の長期契約、原子力発電の推進、さらには海外鉱山への投資。どれも「資源のない国だからこそ選んだ戦略」と言えます。
現代の資源ニュース
21世紀の資源争奪は、石油だけではありません。
電気自動車(EV)の普及は銅やリチウム、コバルトの需要を爆発的に増加させました。
1台のEVには従来のガソリン車の数倍の銅が必要です。
バッテリーの中核を担うリチウムやコバルトはコンゴ民主共和国や南米に偏在し、新たな地政学リスクを生み出しています。
再生可能エネルギーも「資源依存」を避けられません。
風力発電に必要なレアアース、太陽光パネルに使うシリコンや銀。再エネの普及は、逆に新しい資源戦争を引き起こしているのです。
さらに深刻なのは「水不足」。中東諸国では降水量の減少と人口増加により水資源が逼迫。サウジアラビアやイスラエルは海水淡水化プラントを建設し、国家戦略として「水の安定確保」に巨額投資を行っています。水は21世紀の石油と言われるほど重要な資源となりました。
資源の呪い(Resource Curse)
「資源を持つ国ほど発展できない」という逆説もあります。
ベネズエラは石油依存で経済を壊し、ナイジェリアは原油収入が汚職と武力衝突を招きました。
ロシアも資源収入に頼る体質が強権政治を助長していると批判されます。
これが「資源の呪い」と呼ばれる現象です。資源収入が国家財政を潤す一方で、多様な産業の発展を妨げ、民主主義を後退させるという皮肉な現象です。
ただし例外もあります。ノルウェーは石油収入を「政府年金基金」に積み立て、国民全体の資産として運用。
資源依存から脱却しつつ持続的な成長を実現しました。同じ資源国でも、政策次第で「呪い」か「恩恵」かに分かれるのです。
市民生活に直結する資源リスク
資源問題は決して遠い世界の話ではありません。
オイルショック時代、日本人が最も実感したのはガソリン代の高騰だけでなく「トイレットペーパーが店頭から消える」という日常的ショックでした。
パンの値段は小麦相場に直結し、エネルギー高騰は光熱費として家計を直撃します。金価格が上がれば、結婚指輪やジュエリー価格も跳ね上がります。
つまり「資源ニュース」は生活の延長線上にあります。テレビやネットで「銅価格上昇」「レアアース輸出規制」といった報道を見ても、実際には数か月後の電化製品や車の値段として、私たちの生活に跳ね返ってくるのです。
グリーントランスフォーメーションと資源依存
いま世界が進める「グリーントランスフォーメーション(GX)」も、新しい資源依存を生んでいます。
再生可能エネルギーやEVの普及は、環境に優しいイメージが強いですが、裏では資源を大量に必要とします。
たとえば風力発電のタービンにはレアアース(ネオジム・ジスプロシウム)が欠かせません。太陽光パネルにはシリコンや銀が必要で、EV電池にはリチウム・ニッケル・コバルトが使われます。
脱炭素社会を目指すほど、新しい「資源の取り合い」が激化しているのです。
つまり、「脱石油」が「脱資源」を意味しない、という皮肉な現実が浮かび上がるのです。
何かを制限しようとすると、何かに依存しなければならない。
結局、資源の偏りが出るだけで「脱資源」とは程遠い世界と言えると思います。
サプライチェーンの地政学
資源は採れる場所と消費する場所が違うため、輸送ルート(サプライチェーン)が地政学的リスクになります。
たとえば石油の ホルムズ海峡、天然ガスの マラッカ海峡、レアアースの中国から欧米への輸出ルート。いずれも chokepoint(海上ボトルネック)として世界経済の安定を左右します。
近年は「サプライチェーンの多様化」がキーワードになっています。日本がオーストラリアやカナダからレアアース調達を進めるのも、中国依存を減らすための戦略です。
サプライチェーンのリスク管理は、もはや軍事同盟と並ぶ国家戦略の柱になっています。
資源の「金融商品化」
資源はもはや「実物」だけでなく「金融商品」としても扱われます(コモディティ入門① 金・原油編 コモディティ入門② 農作物・鉱物編 参照)
原油や金は先物市場で取引され、投資ファンドが大量に資金を流入・流出させることで価格が乱高下します。
小麦や大豆といった農産物でさえ、シカゴ商品取引所(CME)で金融商品化され、実際の需給以上に投機資金の影響を受けるのです。
資源の金融化は、一般市民の生活に直接跳ね返ります。
ファンドが穀物市場に投機すれば、パンや麺の価格が短期間で上昇することもあります。つまり私たちの生活費の一部は、ウォール街やロンドンの投資家のポジションに左右されている…と言っても言い過ぎではないのです。
未来の資源:宇宙と深海
最後に「未来の資源」についても触れておきましょう。
現在、月や小惑星からレアメタルを採掘する「宇宙資源開発」、深海からマンガン団塊やコバルトリッチクラストを採掘する「海底資源開発」が注目されています。
日本は太平洋に広がる排他的経済水域(EEZ)の下に豊富な海底資源が眠っているとされ、国家戦略として調査が進められています。
ただし、これらの新資源開発は環境問題と国際ルールの整備が課題です。資源をめぐる地政学は「宇宙」や「深海」という新しい舞台にも広がりつつあります。
まとめ
地政学における「資源」は、戦争や外交だけでなく、私たちの日常生活まで影響します。
オイルショックのように国全体を混乱させる事件から、レアアースやリチウムをめぐるハイテク産業の競争まで──資源は常に世界の力学の中心にあります。
次回は「食料編」として、小麦や大豆、コーヒーといった農産物がどのように地政学と結びついてきたかを深掘りしていきます。
裏読みポイント
- 資源を持つ国:輸出で経済基盤を確保できるが、資源依存による政治腐敗リスクも(例:ベネズエラの「資源の呪い」)。
- 資源を持たない国:技術力や同盟で安全保障を確保(例:日本・韓国)。
- 資源は「恵み」でもあり「呪い」でもある。
👉 ニュースを読むとき、「この資源がどこから来ているのか?」を考えるだけで、背景の力学が見えてきます。
まとめ
- 石油は国の戦略と外交の武器。
- 銅やレアアースは未来産業の鍵。
- 穀物と水は人間の生存に直結するため、最も危険な「不安定要因」。
👉 資源は単なる経済ニュースではなく、世界秩序を左右する“静かな力”なのです。
📚 出典・参考資料
- 国際エネルギー機関(IEA):世界のエネルギー需給見通し、EVと資源需要
World Energy Outlook ほかレポート - 国際通貨基金(IMF)
World Economic Outlook・資源価格データ - 経済産業省 資源エネルギー庁
資源・エネルギー白書(石油・LNG・鉱物資源) - 米国エネルギー情報局(EIA)
原油・天然ガス統計 - 国連食糧農業機関(FAO)
食料価格指数・世界農産物統計 - 日本貿易振興機構(JETRO)
資源・レアアース・サプライチェーン関連レポート - 世界銀行(World Bank)
Commodity Markets Outlook(コモディティ市場展望) - 米国エネルギー情報局(EIA)
原油価格と石油統計 - 経済産業省 資源エネルギー庁
石油・鉱物資源政策、レアアース関連資料