カテゴリ:入門シリーズ| 2025年10月1日(JST)
■ はじめに:なぜ地理が経済を動かすのか
「地理は運命である」──。
この言葉は国際政治学の名著でも繰り返し登場します。地政学の基本はシンプルです。山脈や河川、海峡や気候といった「動かせない地理条件」が、人間の営みを制約し、国家や経済の方向性を決めていくという考え方です。
歴史を振り返れば、地理は常に人類の経済活動の「見えない舞台装置」として存在してきました。
大河があれば農業が栄え、平野があれば交易路が延び、海峡があれば商船と海軍が集まり、山脈があれば国境と防衛線が形成される。地理は、単なる背景ではなく「経済システムそのものの土台」なのです。
国境は「自然」によって引かれる
今日の国境線は、条約や戦争の結果に見えますが、その多くは 山脈や河川といった自然条件 が基盤になっています。
ヒマラヤ山脈はインドと中国を分ける「巨大な壁」となり、アンデス山脈は南米諸国の発展経路を左右しました。自然が国境を作り、その国境が人の移動や経済圏の形成を制約する──これは古代から変わらない鉄則です。
山脈は「壁」、平野は「道」
アルプス山脈は、ヨーロッパの南北を分断する「壁」として長く機能しました。その一方で、ユーラシア大平原はポーランドからロシア、そして中国に至るまで広がる「道」として、東西交易を支えました。
つまり、山脈は「防御と断絶」を生み、平野は「移動と交流」を生む。このシンプルな地理的性質が、後の産業や交易網を決めてきたのです。
河川は「経済の動脈」
ナイル川がエジプト文明を、チグリス・ユーフラテス川がメソポタミアを、黄河が中国文明を育んだのは有名な話です。現代でもライン川、ミシシッピ川、長江といった大河は、工業地帯や港湾都市の形成を後押しする「経済の動脈」として機能しています。
地理が物流を決め、物流が産業を育て、その結果として通貨や金融市場に波及するのです。
気候は「資源」と「農業」を左右する
地理は静的な地形だけではなく、動的な気候条件にも表れます。
インドのモンスーンは今もGDPの数%を左右し、エルニーニョ現象は世界の穀物相場・原油価格にまで影響します。気候が農業を動かし、農業が社会を動かす。 これは21世紀のデリバティブ市場にまで続く「連鎖の鎖」です。
現代の地政学:サプライチェーンと通貨
今日のグローバル経済においても、地理は消えてはいません。
サプライチェーンが中国やASEANに集中するのは、単なる労働コストではなく 港湾・航路・物流ハブという地理的条件 が背景にあります。
また、豪ドル(AUD)が中国の鉄鉱石需要と連動し、カナダドル(CAD)が原油価格に相関するのも、資源の偏在という地理的条件 によるものです。
結論:地理は経済を規定する「静かな力」
テクノロジーが進み、AIや金融工学が経済を動かしているように見える現代でも、実はその根底には 「動かせない地理条件」 が存在します。
山はそこにあり、川はそこを流れ、港はそこに開け、気候はその地域に降り注ぐ。こうした「変わらない地理」が、時代ごとに経済の姿を変えながらも、一貫してその基盤を作ってきました。
つまり、地政学とは「大人の社会科」であり、歴史・地理・経済を横断する「総合学問」なのです。
これを学ぶことは、過去の文明を理解するだけでなく、未来の経済シナリオを読むための最強のツールになるのです。
■ 山脈と平野の経済効果
「山は壁となり、平野は道となる」──。
これは地政学を学ぶうえで最も直感的な法則です。山脈は人や物の流れを遮断し、国家の境界を形作り、軍事的な防御線ともなります。一方で、広大な平野は農業や交易の舞台となり、文明の中心地を育てます。
この「地形の二面性」が、国家の経済構造や歴史的な盛衰に決定的な影響を与えてきました。
アルプス山脈:ヨーロッパの分断と結節点
アルプスは、ヨーロッパ南北を分ける「自然の要塞」です。
ローマ帝国時代から現代に至るまで、アルプス越えは軍事・交易の最大の難所でした。ハンニバルの象軍がアルプスを越えた逸話は有名ですが、現実には物流コストの高さゆえに北欧と南欧の経済は長く別々に発展しました。
しかし、同時にアルプスは「結節点」でもあります。スイスのチューリッヒやジュネーブは、山脈の谷間に生まれた都市国家の典型であり、地理的制約を逆手に取って金融センターへと発展しました。アルプスが生んだ隔絶と連結の両面性が、ヨーロッパの経済史に刻まれています。
ユーラシア大平原:文明と地域的緊張の回廊
ポーランドからロシア平原を経て中国に至るユーラシア大平原は、歴史上「世界最大の交易回廊」でした。シルクロードの幹線がこの平原を通じて広がり、東西の物資・思想・宗教を結びつけました。
一方で、この広大な平原には「防衛の壁」が存在しません。モンゴル帝国が騎馬軍団で西欧に迫れたのも、ナポレオンなど欧州を制した者がロシアへ越境したのも、この平原の「無防備さ」が背景にあります。
経済的には、肥沃な黒土地帯(チェルノーゼム)が広がり、穀倉地帯としての価値を持ち続けています。現代のウ・ロの安全保障上の不確実性も、この穀物輸出拠点をめぐる争奪と、ロシアにとっては凍らない港(不凍港)を同時に手に入れるという地政学的文脈を無視できません。
ヒマラヤ山脈:文明の「分水嶺」
標高8,000メートル級のヒマラヤは、世界最大の「壁」です。
インドと中国という二大文明は、ヒマラヤによって直接的な交流が遮断され、各々が独自の文化圏を築きました。経済的にも、交易ルートはシルクロードの「西回廊」を経由せざるを得ず、東西交流は大幅に迂回しました。
さらに、ヒマラヤは「水源の要塞」でもあります。ガンジス川、インダス川、長江、黄河などアジア主要河川の源流が集中し、水資源の支配権がインド・中国・パキスタンの緊張要因となっています。地理がもたらす「資源の分水嶺」が、経済のみならず安全保障の火種となっているのです。
南北アメリカ大陸:アンデス山脈と大平原
南米のアンデス山脈は、南米西岸に細長い国家を形成させました。チリやペルーが鉱山国家として発展したのは、アンデスが豊富な鉱物資源を内包していたからです。だが同時に山脈が内陸と隔絶させ、輸送コストの高さが産業多角化を阻みました。
対照的に、北米の大平原(Great Plains)は農業生産力を極限まで高め、アメリカを世界最大の食糧輸出国へと押し上げました。鉄道とミシシッピ川流域の物流ネットワークが、この「平野のポテンシャル」を最大限に引き出したのです。
平野と山脈が「国の運命」を決める
- 山脈は国家を隔て、戦争の壁となり、防御と孤立を生む。
- 平野は農業と交易の舞台を提供し、文明を育て、外敵も招き寄せる。
つまり、「山か平野か」だけで、国の経済構造や軍事戦略は大きく変わるのです。現代の輸送技術や航空機の発展によって山脈の影響は軽減されつつありますが、依然として「地形が経済を制約する力」は健在です。
■ 河川・港湾都市と貿易
「河川は文明の動脈であり、港湾は世界経済の心臓である」。
人類史を振り返ると、主要な文明は必ず大河のほとりに生まれ、交易拠点は必ず優れた港湾都市に集積しました。
これは偶然ではなく、地理が生んだ必然です。
河川と港湾は「物流コスト」を決め、それが農業生産性・交易量・産業立地を左右し、やがては国家の富とパワーバランスに直結しました。
ライン川──欧州産業地帯の背骨
全長1,200kmにおよぶライン川は、スイスからオランダ北海へ流れ、欧州の工業地帯を貫きます。
ドイツ・フランス・スイス・オランダを結ぶこの水運ルートは、欧州最大の「経済ハイウェイ」です。
- ライン川流域は、石炭・鉄鋼・化学工業・自動車産業が集積する欧州の産業心臓部。
- 運河網と接続し、ルール工業地帯から北海港湾(ロッテルダム)まで「一本の動脈」で直結。
- 運賃は鉄道・トラックより圧倒的に低く、物流効率が産業競争力を底上げしてきました。
この川が無ければ、欧州は今日のような工業中心地にはなり得なかった、と言えるでしょう。
ミシシッピ川──米国農業の生命線
アメリカ合衆国のミシシッピ川水系は、全長6,000km以上におよぶ「内陸水運ネットワーク」です。
アイオワ・イリノイのトウモロコシや大豆は、バージ船に積まれてニューオーリンズ港から輸出されます。
- 水運コストは鉄道の3分の1以下。大量輸送の効率性は「世界の食料庫」としての米国の強み。
- 穀物先物市場(CBOT)で決まる価格が、実際にミシシッピ川を流れる物流コストにリンク。
- 洪水・渇水・水位低下(近年は気候変動による干ばつ)が直撃すると、米国輸出・世界食料価格が即座に動く。
👉 ミシシッピ川は、単なる川ではなく「世界食糧市場の調整弁」なのです。
長江──中国経済の背骨
長江は全長6,300km、アジア最長の大河。
その流域には上海・南京・武漢・重慶といった巨大都市が連なり、中国GDPの40%超を担う経済圏が形成されています。
- 「内需」=流域に暮らす数億人の消費者市場。
- 「外需」=上海港から世界へ輸出される製造品。
- 三峡ダムは水力発電と水運効率化を両立し、中国の「地理的ボーナス」をさらに強化。
長江はまさに「中国経済の背骨」であり、ここが停滞すれば世界のサプライチェーンが直撃を受けます。
港湾都市の力──横浜・ロッテルダム・シンガポール
横浜
明治維新後、日本の産業化を加速させたのは横浜港の開港でした。シルク・茶の輸出拠点となり、外貨獲得によって工業化が進展。
👉 横浜は「日本経済の外への窓」として、近代化の起点となりました。
ロッテルダム
ヨーロッパ最大の港湾であり、ライン川水系と北海を結ぶハブ。
欧州のエネルギー・化学品・コンテナ物流の半分以上がここを経由し、「ゲートウェイ・トゥ・ヨーロッパ」と呼ばれる所以です。
シンガポール
マラッカ海峡の入口に位置するシンガポールは、天然の深水港に恵まれ、東西貿易のハブとして発展。
自由港制度・英語圏環境・金融機能を組み合わせ、物流+金融の二重構造で経済を押し上げました。
👉 地理的優位を「制度設計」で最大化した成功例。
河川と港湾が生む「金融ハブ」
水運・港湾がもたらす物流集積は、やがて 金融機能 を引き寄せます。
- ロッテルダムの物流がアムステルダムの金融発展へ。
- 上海港の拡大が上海証券取引所の存在感を高める。
- シンガポール港が国際金融センターを兼ねる。
物流と金融は「地理」を土台に表裏一体で成長してきたのです。
まとめ:川と港は「経済文明の座標軸」
- ライン川 → 欧州産業の背骨
- ミシシッピ川 → 世界食糧市場の動脈
- 長江 → 中国経済の背骨
- 横浜・ロッテルダム・シンガポール → 港湾都市が金融・物流の中枢に
👉 河川と港湾は、人類が地理を「富に変換する」装置でした。
地図を見れば、そこに文明と経済の中枢がある──これが地政学的真理です。
■ 気候・モンスーンと経済
地理が人間社会を動かす最も直接的な要因の一つは「気候」です。
雨が降るか降らないか、暑いか寒いか──その単純な自然条件が、農業生産・交易・金融市場にまで連鎖し、やがて国家や通貨の浮沈を決めます。
気候は予測困難でありながら、人類が避けて通れない「経済のベクトル」なのです。
インドのモンスーン──農業とGDPを揺らす「季節の賭け」
インド経済を語る上で、モンスーン(季節風)は外せません。
- インドの耕地の約半分は、モンスーン期の雨量に依存。
- 6月~9月の降水量が「豊作か凶作か」を分け、農業GDPの4割近くを決定。
- 雨不足 → 穀物高騰 → 消費者物価(CPI)上昇 → インドルピー売り。
- 雨が順調 → 農村所得増 → 消費拡大 → ルピー買い。
👉 インドルピーは「モンスーン通貨」とすら呼べるほど、気候リスクが直結するのです。
エルニーニョ/ラニーニャ──世界市場を揺らす海のリズム
太平洋の海水温異常、すなわち エルニーニョ(海面温度上昇) と ラニーニャ(低下) は、世界の気候を変え、農産物や資源市場を揺さぶります。
- エルニーニョ:南米で洪水、東南アジア・豪州で干ばつ → 穀物・砂糖・コーヒー価格が急騰。
- ラニーニャ:逆に南米で干ばつ、東南アジアで豪雨 → 農業収穫の地域格差が拡大。
- 米国中西部のトウモロコシ・大豆収穫にも影響し、CBOT相場が乱高下。
- 天然ガス・原油需要(暖房・冷房需要)にも直結し、エネルギー市場を動かす。
👉 「気候リスク」は、コモディティ先物市場そのものを揺さぶる最大要因の一つ。
■ 穀物価格と通貨──気候から為替への波及
- 旱魃(干ばつ) → 食料輸入国の通貨安圧力。例:エジプトのポンド、バングラデシュのタカ。
- 豊作 → 食料輸出国の通貨高圧力。例:ブラジルレアル(大豆・砂糖・コーヒー)。
- 米国中西部が干ばつなら → 大豆価格上昇 → BRL(ブラジルレアル)が上がる一方、アジア輸入国通貨は売られる。
👉 気候現象は、貿易構造を通じて「為替の勝ち組/負け組」を決めてしまうのです。
エネルギー需要と気候ショック
- 寒波(Polar Vortex) → 天然ガス急騰 → 欧州ユーロ圏インフレ → ECB利上げ圧力。
- 熱波 → 電力需要急増 → 石炭・LNG輸入増 → インドネシアルピア・インドルピー売り圧力。
- ハリケーン(米メキシコ湾岸) → 原油精製所の稼働停止 → WTI急騰 → CAD買い。
👉 天候ショックは資源輸出国通貨の「短期トレード材料」として繰り返し利用されます。
投資家が注目する「気候指数」
近年、金融市場は気候を単なる「自然現象」ではなく、投資シグナルとして扱っています。
- NOAA(米国海洋大気庁)のエルニーニョ予測 → 穀物トレーダーの必読資料。
- IOD(インド洋ダイポール)の変動 → アジア・アフリカ農業国の収穫に直結。
- 冷夏/暖冬の予測 → 天然ガス先物市場で大口投機筋が先回り。
👉 「気候はファンダメンタルズ」──これは現代の投資家が共有する共通認識です。
まとめ:気候は「自然の地政学リスク」
- インドのモンスーン → 農業とルピーに直結。
- エルニーニョ/ラニーニャ → 穀物・エネルギー市場を世界的に揺らす。
- 穀物価格 → 食料輸入国と輸出国の通貨を分ける。
- 気候ショック → 短期の資源通貨トレードを左右する。
👉 気候とは、国境や軍事力を超えて世界経済を支配する「自然の地政学リスク」なのです。
■ 資源と通貨:地理が決める金融の相関関係
※資源そのものの解説は、地政学②『資源編』をご覧下さい。
ここでは「資源と通貨の関係」を深掘りします。
資源の偏在と金融の宿命
地理的条件が生み出す「資源の偏在」は、国の財政・貿易収支を左右し、通貨市場に直結します。
特に 資源国通貨(commodity currencies) は、資源価格との相関・逆相関が教科書的に現れることで知られています。
資源は「どこにあるか」で価値が決まり、通貨は「その国が輸出できるか」で強弱が決まる──この2つの連動が市場に常に織り込まれるのです。
中東通貨と原油価格
- サウジリヤル(SAR)、クウェートディナール(KWD)、UAEディルハム(AED)は 米ドルにペッグしています。
- 為替の直接変動は小さいが、財政収支・ソブリンファンドの投資余力は原油価格次第。
- 原油高 → 中東諸国の資金フロー拡大 → 世界の株式・不動産市場に「オイルマネー」が流入。
- 原油安 → 財政赤字 → 海外投資縮小。
👉 値動きではなく「資金の出入り」で世界市場を揺らすのが特徴。
チリペソ(CLP)と銅価格
- 世界の銅生産の約25%を占める「銅の王国」。
- 銅高 → 輸出増 → CLP買い。
- 銅安 → 財政悪化 → CLP売り。
- 中国のインフラ投資やEV市場拡大が、銅とCLPを同時に動かす。
👉 銅=チリペソは「商品通貨の代表例」。
豪ドル(AUD)と資源バスケット
- 豪州は鉄鉱石・石炭・LNG・金など資源が多様。
- AUD=中国景気バロメーター。中国PMIや港湾在庫データと即リンク。
- 金価格とも緩やかに連動し、リスクオフ局面では「ゴールド高・AUD安」の逆相関が強まる。
👉 AUDは「資源ETF」的な性格を持つ。
南アランド(ZAR)と金・プラチナ
- 南アは金・プラチナ・パラジウムの産出国。
- 金価格とZARは中期的に連動。
- ただし、失業率・停電(ロードシェディング)・政治不安など内政リスクで相関がしばしば崩れる。
👉 相関はあるが「割引ファクター」を常に考慮する必要がある。
カナダドル(CAD)と原油
- 世界有数の原油埋蔵国(オイルサンド)
- 原油高 → CAD買い。原油安 → CAD売り。
- ただし米国が最大の貿易相手 → 「原油+米国経済」がCADのネックポイント。
👉 CADは「原油通貨+米国依存型」。
実務・トレード視点でのチェック
資源と通貨の関係は単なる学術的な相関ではなく、実務のトレードに直結します。
- 中東通貨 → 値動きは小さいが、ソブリンファンドの投資が市場に波及。
- CLP → LME銅先物を見ずに取引はできない。中国政策発表=CLPの先行指標。
- AUD → ロンドン金フィキシング、鉄鉱石輸出、中国PMIとセットで監視。
- ZAR → 金相場とリンクするが、国内リスクで歪むため「金買い+ZAR売り」の逆張り戦略も存在。
- CAD → 原油先物+米国マクロ指標を同時に見る。
資源と通貨 実務チェック表
| 通貨 | 主な資源リンク | 相関の特徴 | トレード実務ポイント |
|---|---|---|---|
| SAR/KWD/AED(中東) | 原油 | ドルペッグで為替変動は小さいが、資金フローに反映 | 原油高=ソブリンファンドの投資増で株式・不動産市場に波及 |
| CLP(チリペソ) | 銅 | 高い正相関 | LME銅先物+中国景気が先行指標 |
| AUD(豪ドル) | 鉄鉱石・石炭・金 | 複合的に資源と連動 | 中国PMI・港湾在庫データを同時監視 |
| ZAR(南アランド) | 金・プラチナ | 金価格に連動するが内政リスクで歪む | 金買い+ZARショート戦略が存在 |
| CAD(カナダドル) | 原油 | 原油価格と高い相関 | 原油先物+米国マクロデータで判断 |
まとめ:資源と通貨は「地理が作る運命」
- 中東 → 原油マネーで世界市場を揺らす。
- チリ → 銅=ペソのシンプルな連動。
- 豪州 → 資源バスケットと中国景気の複合影響。
- 南ア → 金と連動するが、内政不安が常に割り引く。
- カナダ → 原油と米国依存という二重ロジック。
👉 資源国通貨は「資源価格 × 地政学リスク × 内政要因」の三重構造で動くのです。
■ 歴史的エピソード:地理が動かした経済と文明
「地理が経済を動かす」──これは現代だけの話ではありません。
人類の歴史を振り返ると、地理的条件が文明や通貨、貿易の仕組みを大きく形作ってきたことがわかります。
ここではいくつかの代表的エピソードを取り上げ、地政学と経済のつながりをたどります。
地中海交易とヴェネツィア商人
- 地中海は古代の物流ハイウェイ
穀物・ワイン・オリーブ・奴隷など、多様な交易品が集まった。 - ヴェネツィア商人の独占
アドリア海に位置するヴェネツィアは、中東・アジアとの交易を独占し、胡椒など香辛料で巨額の富を築く。 - これが欧州金融の発展(信用取引・国債発行・両替商)につながり、都市国家の力を世界に示した。
👉 地理的優位(港湾・航路の結節点)が、金融と国家の繁栄を決めた例。
大航海時代と新航路発見
- 喜望峰の発見(1498年) → ポルトガルがインド航路を開拓し、香辛料貿易の覇権を握る。
- 新大陸発見(1492年) → スペインが金銀を大量に持ち込み、欧州の通貨供給を爆発的に増やす。
- 価格革命 → 金銀の流入で物価が上昇し、欧州全体がインフレに。
👉 新航路=新しい通貨秩序を生み、世界経済の中心が地中海から大西洋に移った。
シルクロード:陸の交易路が文明を繋ぐ
- 中国〜中東〜欧州をつなぐ大動脈。
- 絹・陶磁器・香辛料が運ばれる一方で、宗教(仏教・イスラム教・キリスト教)や技術(製紙・火薬)も伝わった。
- シルクロードは物流だけでなく「文明の交差点」として、人類史の方向性を決定づけた。
👉 陸上交易路=文化と金融のグローバル化を促す装置。
河川と内陸の繁栄
- ライン川(欧州) → 工業地帯ルール地方の発展の基盤。
- ミシシッピ川(米国) → 穀物輸送でアメリカ中西部を「世界のパン籠」に。
- 長江(中国) → 国内物流と上海の港湾機能を結びつけ、輸出大国の基盤に。
👉 河川は「内陸を港に変える」力を持ち、内需と外需をつなぐ装置だった。
地理と金融の革新
- アムステルダム銀行(1609年設立)
オランダは北海の地理的優位を活かし、世界初の中央銀行的存在を作る。 - ロンドン金融街(シティ)
大西洋貿易と海運保険(ロイズ)が結びつき、金融センターとして世界をリード。 - ニューヨーク・ウォール街
大西洋の反対側に位置する港湾都市が、最終的に世界最大の資本市場を形成。
👉 海と金融は常に表裏一体。地理が金融の中心地を次々と移動させた。
まとめ:地理が文明の勝者を決める
- 地中海 → ヴェネツィアが港湾で富を築いた。
- 大西洋 → 新航路でスペイン・ポルトガル、次いでオランダ・英国が覇権を握った。
- 陸路 → シルクロードが文化と金融を結びつけた。
- 河川 → 内陸国家を「外に開く」力を持ち、経済の基盤を作った。
👉 地理は単なる背景ではなく、文明の繁栄と通貨の運命を決める主役だった のです。
■ 現代経済への影響:地理と市場が織りなす“グローバル交響曲”
「地政学は地図の上の学問」ではありません。
それは、現代の株式市場や通貨、インフレ、資源価格、サプライチェーンに直接響いています。
つまり、地理=マーケットの“見えない指揮者” なのです。
ここでは、21世紀の現代経済における「地理が生み出すリスクと機会」を整理します。
① 経済圏と地理的ブロック化
- FTA・経済圏の地理的条件
・EU(欧州連合):ドイツを中心に「ライン川流域+北海の港湾」が製造業の基盤。
・ASEAN:マラッカ海峡という要衝を抱え、物流・資源・人口ボーナスの三拍子。
・USMCA(米・加・墨協定):メキシコ湾・五大湖・国境パイプラインという地理的連結が競争力。
👉 自由貿易協定は紙の上のルールだけではなく、地理に裏付けられた物流ネットワークの上に成立している。
② エネルギー地理と価格連動
- 原油と天然ガスの偏在 → 中東・ロシア・北米が供給の主役。
- シェール革命(米国) → 地理的条件(土壌と地層)が米国を「エネルギー輸出国」へ変貌させた。
- LNGと海運 → 日本・韓国はパイプラインを持たず、船舶輸送に依存。地理がエネルギーコストを高止まりさせる要因。
👉 エネルギー地図は為替地図でもある。
資源国通貨(CAD, AUD, NOK)はエネルギー価格の影に揺れる。
③ サプライチェーンの地理的制約
- “世界の工場”中国 → 沿岸部の港湾都市(上海・深圳)が製造業の心臓。
- 東南アジアの台頭 → マラッカ海峡とシンガポールの結節点が再評価。
- 米中デカップリング → 「フレンドショアリング」「ニアショアリング」で、地理的に近い国が恩恵(メキシコ・ベトナム)。
👉 地理は企業戦略の制約条件であり、工場立地=通貨と株価の方向性 をも決めている。
④ デジタル地政学:海底ケーブルとクラウド
- 世界のデータの90%以上は海底ケーブル経由。
- ケーブルは「見えないシーレーン」として、金融市場・決済・AI処理を支える。
- 断線や事故は「サイバー地震」として市場に波及。
👉 地理は今や「デジタルの地政学」へ拡張しており、クラウドの多重AZ(アベイラビリティゾーン)設計=新しい“港湾” となっている。
⑤ 通貨・金融市場と地政学プレミアム
- リスクオン/リスクオフ
地政学リスクが高まると、安全資産(円・スイスフラン・米国債・金)へ逃避。 - プレミアムの数式化
「距離 × 輸送コスト × 保険料率 × 政治リスク」=地政学プレミアム。 - 資源国通貨との相関
前章⑤で解説したように、資源価格と通貨は強く結びつき、実務ではLME銅先物やWTI原油がFXトレードの画面に常時並ぶ。
👉 投資家にとって、地理はチャートの裏側にある“隠れたファンダメンタル”。
⑥ 歴史と現代のリフレイン
- 地中海 → ヴェネツィアが港湾で繁栄
- 大西洋 → 大航海時代が覇権を交代
- 太平洋 → 現代の主舞台。米国西海岸とアジア港湾都市がグローバル経済を動かす
- インド洋 → 次の成長舞台。アフリカ資源とインド人口ボーナスが結節
👉 歴史は“地理が舞台を変えるたびに繰り返される”。
フィナーレ:地理という交響曲
資源、通貨、物流、デジタル、金融──
私たちが日々ニュースで目にする数字の背後には、常に地理が鳴り響いています。
地理は「静かな大地」に見えるが、実は市場を揺らす交響曲の指揮者。
国境線、山脈、川、港湾、海底ケーブル…その一本一本が、株価や通貨、金利のリズムに響いています。
👉 “地政学”とは、経済と市場を奏でるオーケストラの総譜。
5つの視点(総論・資源・アジア・海洋・地理)を通じて見えたのは、単なる軍事や政治の学問ではなく、
投資家・企業・生活者すべてが毎日体感している「地理と市場の交響曲」 だったのです。
📚 出典・参考文献
- Fernand Braudel, The Mediterranean and the Mediterranean World in the Age of Philip II
- David Abulafia, The Great Sea: A Human History of the Mediterranean
- Immanuel Wallerstein, The Modern World-System
- 国際通貨基金(IMF)「World Economic Outlook」
- 世界銀行(World Bank)データベース
- UNCTAD「Review of Maritime Transport」
- 国際エネルギー機関(IEA)「World Energy Outlook」
- 国際海事機関(IMO)「Maritime Security Reports」
- Economist Intelligence Unit(EIU)地政学レポート
- 各国主要メディア(Financial Times, Bloomberg, Reuters, 日本経済新聞)
地政学入門シリーズ
地政学は「大人の社会科」ともいえる学問分野。
資源・宗教・地理・海洋といったテーマごとに、市場や通貨にどう影響するかを解説しました。
初心者でも読み進めやすいように、シリーズ全体をまとめています。
- 初心者でもわかる!地政学入門① 総論 ─ 地政学とは何か?全体像を押さえる
- 初心者でもわかる!地政学入門② 資源編 ─ 石油・金属・食糧など資源が市場に与える影響
- 初心者でもわかる!地政学入門③ 民族・宗教編 ─ 文化や宗教が市場や金融にどう関わるか
- 初心者でもわかる!地政学入門④ 海洋編 ─ 海上交通のチョークポイントが経済を動かす
- 初心者でもわかる! 地政学入門⑤ 地理編 ─ 山脈・河川・気候と通貨。シリーズの集大成
👉 この5本を読むことで、地政学の基礎が一通り理解できます。
入門シリーズの他テーマ(金融入門・相関入門など)もぜひ合わせてご覧ください。

