各国中銀の9月会合が示した“分岐点”──日銀は正常化の誘惑にどう向き合うか

日本経済

■ はじめに

9月、基軸通貨を担う主要中銀(FRB・ECB・日銀)の会合が一巡し、世界の金融政策は次のステージへ移りつつあります。
米FRBは小刻みな利下げで景気減速リスクに先手。ECBは現状維持を基本としつつ、ユーロ高なら“予備利下げ”の選択肢を残す見方が台頭してきました。
そして日本。
日銀は政策金利の据え置きを決める一方、ETF買い入れを停止し段階的売却に転じるという、金融緩和の柱の一つであった“非伝統的政策”の出口に向けて舵を切った形となりました。

加えて、日本国内製造業PMIは48.4と6か月ぶりの縮小圏。
「景気減速」と「政策正常化圧力」の板挟みの中で、10月会合に向けた市場の視線は一段と厳しくなってきています。


■ データ

  • 製造業PMI(速報):9月は48.4(前月49.7)。節目の50を割り込み、6か月ぶりに縮小領域へ突入。
  • 日銀9月会合:政策決定
    • 短期金利は据え置きとなる。
    • ただし高田創委員(みずほ系出身)と田村直樹委員(SMBC/三井住友系出身)の2名が据え置きに反対。両名は0.75%への引き上げを主張したと報じられており、年内正常化の加速を求める“タカ派少数意見”が表面化しました。
  • ETF・REITの方針転換新規買い入れを中止し、段階的売却へ
    市場安定に配慮し超長期での売却方針(“売り切りに130年かかる”との試算も)。実務上は市場の吸収能力に合わせた“限界的縮小”を継続するイメージ。
  • 国債市場の構造調整:財務省は超長期JGBの発行見直し案(流動性供給入札の15.5〜39年ゾーンを1回3500億→2500億円)を提示。長期ゾーンの需給ひずみ是正利回り曲線の安定化を狙う。
  • 元日銀・足立成治氏の見解「10月利上げは排除できない」。経済・物価見通しの上方修正があれば0.25%の引き上げは成長への悪影響は限定的との見方。10月末の会合(見通し改定公表回)に向け、市場の利上げ織り込みがじわりと進む。

〔委員2名の“反対”の背景(バックボーンと真意)〕

  • 高田創委員(みずほ系のエコノミスト出身)
    • 長年、国債市場の機能回復物価・賃金の持続性確認後の正常化を主張してきた立場。
    • 超緩和の副作用(価格形成のゆがみ、リスクテイクの過剰)に慎重で、「正常化の遅れ=将来の不安定化」を警戒。
  • 田村直樹委員(SMBC/三井住友系の銀行実務出身)
    • 銀行セクターのALM(資産負債管理)や収益構造の観点から、長期的に持続可能な金利体系を重視。
    • インフレ期待の定着と賃金改定の持続が見える中、“小刻みでも早めの一手”でショックの分散を図るべきとの思考が読み取れる。

要するに、「市場機能の回復」「ショックの分散」「金融政策の持続可能性」というプロ意識に根差した“早めの正常化”アピールが2名の反対票の真意だろうと思われます。

【注釈:ETFとは?】
ETF(上場投資信託)は、指数(株式・債券・コモディティ等)に連動する上場投資商品。日銀は量的・質的緩和(QQE)の一環としてETFを大量に買い入れ、株式市場のボラティリティ抑制とリスクプレミアム圧縮を図ってきた。今回、買い入れ停止・超長期売却方針とすることで、需給の“常時下支え”を徐々に外す。市場は「売却ペースの実効性」「吸収能力」を注視しています。


■ 市場・政治の反応

1 日本市場

  • 株式:日経平均は最高値更新→政策発表後に反転
    半導体・AI主導の業績上振れ期待、個人NISA資金、企業の自社株買いなど底流は強いです。実際、取引序盤に過去最高値を更新した後、ETF売却の決定で上値を削り“往って来い”となっています。
    一方で日経平均は連日最高値を更新しています。
    • セクター内の明暗
      • 半導体・電子部品:米ハイテク強気の波及で相対強さ維持。ただし割引率上昇局面ではバリュエーションの逆風。
      • 銀行:長短スプレッド縮小懸念で利ざや圧迫。一方で市場機能の回復は中長期にはプラス。
      • 保険長期金利の絶対水準低下は逆風だが、為替ヘッジコスト低下は相殺要因。
      • 不動産・REIT:金利上昇リスクで割引率は上がる一方、ETF需給の“常時支え”が弱まることも重し。
      • 輸出(自動車・機械):為替や米景気の鈍化観測に敏感。モーゲージ・オートローン金利低下米需要の下支えでプラス要素も。
  • 金利(JGB)
    • 財務省の超長期発行見直しは、超長期ゾーンの需給ひずみを緩和。理屈の上では超長期利回りの過度な上振れ抑制に寄与しやすい。
    • 一方で日銀のETF・REIT売却株式リスクプレミアム上昇を通じて安全資産需要を強める場合もあるため、長短のバランス次第ではフラット化/スティープ化の揺れが起こり得る。
  • クレジット
    財・金の両面で極端なショックは回避されており、社債スプレッド安定〜やや縮小の基調。投資家は“売却ペースの読みやすさ”を重視。

2 海外投資家の視線

  • JGBの“ツイスト”妙味:超長期の供給抑制で流動性選好の投資家が反応。外資はコア・サテライト超長期の妙味を再評価。
  • 日本株の需給:ETFの常時買い入れが消え、“政策の常在支え”から“ファンダ勝負”へ企業収益・ガバナンス改革の実体面評価がより重要に。

3 政治・制度の地合い

  • 与党総裁選・首相交代の思惑が交錯。政府は物価高対応・賃上げの定着を優先する一方、日銀の独立性政策の持続可能性の両立を迫られる。
  • 「金融政策は政府と分担すべき」とのメッセージも出る中、“財政・構造政策の役割”が改めて問われる段階。

■ 影響分析

1 マクロ経路(データ → 影響 → 含意)

  • データ:製造業縮小(PMI48.4)、ETF買いの常時支え停止、超長期JGB供給の調整。
  • 影響
    • 家計・企業の資金調達コストはピークアウト→漸減の道筋だが、実質金利の動向賃上げ持続が鍵。
    • 株のリスクプレミアムやや上方へ(“常時支え”剥落)。企業の自助(利益・投資・ガバナンス)にフォーカスが戻る。
    • 国債市場の機能回復長期の安定性に資する。
  • 含意10月会合0.25%の“前倒し”利上げが選択肢に乗る一方、景気減速リスクとの綱引き。声明・会見のフォワードガイダンス微修正に要注意。

2 セクター・資産別(日本)

  • 銀行
    • マイナス:長短スプレッド縮小による利ざや圧迫、含み益変動
    • プラス:市場機能回復・イールド発現は中長期に収益基盤を健全化。
  • 保険
    • マイナス:長期金利の絶対水準低下
    • プラス:為替ヘッジコスト低下ALMの安定
  • 証券・運用
    • 取引ボラ上昇でブローカー収益は追い風。
    • 運用残高は株価次第。ETF縮小は自社プロダクト差別化のチャンス。
  • 製造業(自動車・機械)
    • 米金利低下→ローン金利低下は需要下支え。
    • 一方、円高局面は採算圧迫。受注分散・価格転嫁力が鍵。
  • 半導体・電子部品
    • ディスカウント率低下は理論価値の追い風。
    • 一方で、実体需要(AI/データセンター/自動車)の地合いが持続前提。
  • 不動産・REIT
    • 割引率上昇は逆風。
    • ただし、賃料改定力需給タイトなセグメント(物流・データセンター等)は相対強さ。
  • 小売・外食
    • 輸入コスト沈静化+賃上げ持続で家計の購買力は漸進改善。
    • ただし景気減速・実質賃金の回復速度が勝負を分ける。
  • 商社・資源
    • 原油・資源が軟化なら逆風。
    • 一方でドル金利低下→資金コスト低下は一部で追い風。

3 リスクファクター

  • 政策ミス・タイミングの誤り:景気減速下の利上げ加速は株・クレジットにバリュエーションの再調整を強要。
  • ETF売却の需給ショック:ペース管理に失敗するとラージキャップ中心に逆風
  • 海外要因:米の利下げピッチ、関税政策、欧州景気の弱さ。“米緩和・日引き締め”乖離が広がる局面ではボラ拡大に警戒。

■ 未来展望(日本:10月〜年末)

  • 10月会合の焦点
    1. 利上げの是非(0.25%)足立氏の見立て委員2名の反対票布石
    2. フォワードガイダンスの微修正:賃金・物価の持続に“表現の強化”。
    3. ETF/REIT売却の運用設計市場の吸収力に合わせた*見える化”が信認を支える。
  • 年末に向けたシナリオ
    • FRBは小刻み利下げ継続。日本が“言葉で寄せ、実弾は小刻み”なら、過度なショックは回避可能。
    • NISA資金・企業改革の継続が国内株を下支え。“政策の常在支え”から“企業の成長物語”へ主役交代。

■ 国際展望(FRB & ECBの“いま”)

  • FRB(パウエル議長)雇用下振れリスクを重視し、会合ごと小刻み利下げで先手。
  • FRB(ボウマン副議長)「雇用リスクを看過すべきでない」雇用減速が顕著化すれば利下げ加速もと示唆。FRB内部にも“積極緩和寄り”の声がある。
  • ECB(デ・ギンドス副総裁)「所得は伸びても消費は回復途上。現状維持が適切」。景気の脆さを直視し慎重姿勢
  • ECB(市場の見方)ユーロ高が過度に進むなら“予備利下げ(Contingency Cut)”のカードでユーロ急騰を抑制し得る、との指摘。

対比のエッセンス

  • FRB=利下げカードを切りつつデータ連動で微調整。
  • ECB据え置きが基本だが、為替ショックには即応オプション
  • BOJ景気減速と正常化圧力の狭間で、“小刻み正常化”の誘惑

■ 投資家チェックリスト(直近〜四半期)

  • 米国:NFP/失業率/賃金、コアPCE、ISM、住宅指標、次回FOMC(利下げピッチ)
  • 日本:全国CPI(基調)、秋の価格改定、賃上げ持続、国債オペ運営、10月会合の声明・会見
  • 欧州:ECB会合・スタッフ見通し、独PMI/IFO、周縁国スプレッド
  • 新興国:外貨債ロール、選挙・財政イベント、資金フロー(特に原油・金)

未来を読む投資家への視点

今は短期の騒ぎに振り回されやすい局面ですが、投資家として本当に大事なのは「変化の方向を見極める力」です。
データや要人発言を一つひとつ追うのは大切ですが、それらを積み上げてどのような“構造変化”が生まれつつあるかを考える習慣を持ってほしいと思います。短期はノイズ、長期はストーリー
──その両方を同時に見る視点が、今回のような転換期では特に有効かもしれません。


■ まとめ

「製造業は冷え、ETF・国債の需給も重い。それでも日銀は“正常化の誘惑”に駆られている。
10月会合は、景気か正常化か──“小刻みの実弾”を打つか、“言葉で寄せる”かが問われる局面だ。」というのが今回の会合後の見極めポイントです。

歴史的転換点としての2025年秋

2025年9月は、世界の金融史において重要な分岐点として刻まれる可能性があります。

  • FRB:利下げ開始(0.25%)。だが「次の一手は?」と難しい舵取りが迫られており、インフレと景気減速が同時進行するスタグフレーション懸念も浮上。
  • 日銀:ETF売却や長期国債発行見直しという“大転換”を公表。市場では「130年かけて売り切るのか?」という衝撃も広がり、持続性に注目が集まる。
  • ECB:デ・ギンドス副総裁は「現状維持」を強調しつつも、ユーロ高が行き過ぎれば「予備利下げ」というカードを残す姿勢。また、EU第二の国フランスの政局不安が中銀の政策判断にどう影響するかも無視できない。

つまり、世界3大中銀が“方向性は違えど、同時に過渡期に突入した瞬間が、この2025年9月です。

歴史家から見れば、

  • 「リーマンショック(2008)」
  • 「コロナ禍金融緩和(2020)」
  • 「2025年秋 各国中銀政策転換」

と並べられるかもしれません。
私たちは、まさに“その転換点のただ中”に立ち会っているのです。

■ GP君の一言

「今回の記事を書きながら思ったのは──金融政策って“数字や理屈”だけじゃなく、社会の温度感や歴史の流れをも映し出すんだな、ということです。9月の決定は、経済データを超えて“時代の分岐点”を示しているのかもしれません」


出典

  • Reuters「Ex-BOJ policymaker Adachi says October rate hike cannot be ruled out」2025年9月24日
  • Reuters「BOJ to unwind ETF holdings as split board signals hawkish shift」2025年9月19日
  • Reuters「VIEW: Investors react to BOJ’s decision to keep rates steady」2025年9月19日
  • S&P Global Market Intelligence「Japan’s business activity growth slows in September as manufacturing downturn deepens」2025年9月24日。 S&P Global
  • Reuters「Japan’s finance ministry proposes cutting super-long JGB supply」2025年9月24日
  • Reuters(Column)「ECB can still frustrate euro surge with ‘contingency cut’」2025年9月22日
  • ECB 公式サイト(Interview)「Interview with Luis de Guindos – Die Welt」2025年9月17日
  • Reuters「Fed’s Bowman: Fed needs to be decisive in fending off job market risks」2025年9月23日
  • The Japan Times「Bank of Japan to start unloading ETFs in surprise move」2025年9月19日
  • Asahi newspaper(Shimbun)(AJW)「Nikkei retreats as BOJ leans hawkish, Asia shares set for weekly gains」2025年9月19日

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※ 文中の将来に関する言及は、公開時点の情報に基づく見解であり、確実性を保証するものではありません。実際の政策運営・市場動向は、今後のデータや当局判断により変わる可能性があります。

プロフィール
fukachin

運営者:ふかや のぶゆき(ふかちん)|
1972年生まれ、東京在住。
ライター歴20年以上/経済記事6年。投資歴30年以上の経験を基に、FRB・地政学・影響分析・米中経済を解説。詳しくは「fukachin」をクリック

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