カテゴリ:入門シリーズ| 2025年8月31日(JST)
はじめに:地政学=社会科の総合版
ニュース等で中東方面で緊張が高まると、「地政学的リスクが…」と解説の方がお話されるのを聞いた事があるかと思います。
この「地政学(地政学的リスク)」とは一体何でしょうか?
地政学(地政学的リスク)とは、地理学と政治学を合成した考え方です。
地理的・政治的な要因で社会的緊張が高まると、近隣地域や世界経済に“悪影響”が及びます。近年では、物価や雇用などの経済指標に並ぶファンダメンタル要因として、市場に強いインパクトを与えるようになっています。
「利と理(利益と筋道)」の違いが軋轢を生む
各国の指導者は、基本的に自国の「利と理」(利益と筋道)を優先して意思決定を行います。
この「利と理」の優先順位・組み立て方が国や地域、リーダーの価値観によって異なるため、誤解や軋轢が生まれ、それが地政学的リスクとして顕在化します。
- イスラム圏:宗教が最優先されやすい。
- ヨーロッパ圏:長い対立と和解の歴史が「理」の基盤になる。
- インド周辺:国境があいまいな地域が多く、地理的摩擦が生じやすい。
- アジア・東欧圏:歴史と政治が複雑に絡み、安全保障の比重が高くなりがち。
又、今後はアフリカ圏の発展が焦点になります。歴史や政治が複雑に交差する地域であり、理解が欠かせません。さらに忘れてはならないのが、指導者個人の思考や行動です。価値観・倫理・認識といった哲学的要素も絡み合い、見立てを難しくします。
この様に地域的な特色、歴史、思想などが絡むのですが、隣国同士で主義主張が違う事も多々あり軋轢が生じる事もあります。
つまり地政学的リスクとは、学校で習った社会科全般+経済学を立体的に組み合わせて考えることで理解を深める事が出来ます。
学校で学んだ日本史・世界史・政治・経済・地理の知識に、資源・宗教・同盟・文化・金融の視点を重ね、哲学的要素を加えます。すなわち存在・理性・知識・価値・意識・言語・倫理学・論理学・形而上学を用いて更に深掘りしていきます。
難しく感じるかもしれませんが、やることは「地図を見る → どこで(地理)・なぜ(資源/歴史/宗教)・誰が(政治/同盟)を順に整理するのが地政学です。
ニュースを見て、真実を精査し、集めたパーツを組み立てて整理し、組みあがったパーツを元に供給・物流・通貨・心理へつなげて読むコツを、この入門シリーズで一緒に身につけていきましょう(全4回予定)

■ なぜ、社会科と経済・投資が関係あるの?
地政学・地政学的リスクと言葉を聞くと「争い事」または「争い事から発生する不利益」を考えてしまいがちです。
不利益やリスクから発生する事案を当てる学問ではなく、供給・物流・通貨・心理への波及を複合的・立体的にフレームを読んでいく推理ゲームの様なものです。
原因を正確に読み解き、心理を読み、今後どう進んでいくか?を幾つか予測します(ここがファンダ的思考と近い)結果、問題点を探り当てリスクを減らしていくのです。
- 資源価格への直結:原油・天然ガス・穀物は、産地や輸送路が不安定になると即座に値動き。
- シーレーン(海の高速道路):ホルムズ海峡やマラッカ海峡など“ボトルの首”(チョークポイント)が止まると世界の物流が詰まる。
- 通貨・金利への波及:不安時は「安全資産」へ(円・米国債・金など)。金利差や資源価格を通じて為替が動き、企業収益や家計に影響。
- サプライチェーン再編:特定地域のリスク上昇 → 調達先・生産地の移動 → コスト・価格・成長率に影響。
- 制裁・輸出規制:金融制裁や禁輸で貿易・決済が変質、ドル覇権/通貨ブロックの揺れに繋がる。
ポイント:原因=争い事ではなく「供給と物流のボトルネック」を見る。それが価格・金利・為替にどう伝わり影響をするか?投資家の心理もをつなげて考える。一方向から見ず、360度から考察しましょう
■ 世界の“慢性的な衝突”を把握しましょう
中東
- 資源:原油・ガスの一大産地。供給不安=原油高・インフレ圧力。
- 宗教・民族:価値観の対立が長期化しやすい。
- チョークポイント:ホルムズ海峡が象徴。タンカーの通行が滞れば即世界に波及。

台湾海峡
- 製造/半導体:世界の供給網の要。
- 海運:アジアの物流レーンの要衝。ここが揺れると“世界の工場”の遅延=価格・在庫に直結。
朝鮮半島
- 緊張の周期性:定期的な緊張と緩和。
- リスクオフ・円買い:地理的近さから円が買われることも(安全資産の顔)。
欧州東部
- エネルギー依存:欧州のガス・小麦・肥料などに影響。
- 制裁/ブロック化:金融・決済・通商の枠組みが変わると、通貨や物価に新たな均衡が生まれる。
ポイント:どこが止まれば、何が届かない?(= 何の価格が動く?誰が困る?)
■ 歴史的事例:スエズ危機(1956年)
今回、裏読みラボ 初心者でもわかる!地政学入門①では、歴史を振り返りながら地政学を解説していきたいと思います、
題材は「スエズ運河」です
スエズ運河は、エジプトのスエズ海峡に位置しています。
地中海と紅海を結ぶ国際運河であり、ヨーロッパとアジアを結ぶ貿易と物流において、極めて重要な役割をになっている運河です。
【MAP】

背景
1956年、エジプトのナセル大統領がスエズ運河を国有化。
当時スエズ運河は欧州と中東・アジアを結ぶ世界の大動脈で、石油輸送の約70%がここを通過していました。スエズ運河の国有化は「欧州の生命線の首根っこを押さえる」行為でした。
危機の勃発
英国とフランスは支配権喪失を恐れ、イスラエルも国境問題で参加。英仏イスラエル連合がエジプトへ介入し、スエズ危機に発展しました。
米ソの思惑
- 米国:ソ連の影響力拡大を懸念する一方、英仏の行動には同調せず。
- ソ連:エジプトを支援し「核の可能性」にまで言及。
冷戦下で大規模な世界衝突への懸念が急速に高まりました。
経済への影響
- 運河封鎖により原油輸送が大混乱。
- 石油価格が急騰し、欧州経済に大打撃。
- 英ポンド売り、欧州市場不安定化。
- 日本やアジア諸国も「エネルギー供給リスク」を痛感(オイルショック)
その後
国連と米ソの圧力で英仏は撤退。スエズ運河はエジプト再度支配下に。英国・フランスの大国地位は低下し、米ソが中東の安定を握る二大勢力へと転換点になりました。
👉 スエズ危機は「地政学のパワーバランス転換点」となりました。
投資家への教訓
物流ルート(チョークポイント)が止まれば即座に価格が動く。 爭い事そのものよりも「供給・輸送の詰まり」が市場を揺らす。 以降、ホルムズ海峡やマラッカ海峡など世界のボトルネックが注目されるようになりました。
■ ニュースの“裏の構造”を読むコツ
- (A) 誰の発言/行動か → 国家元首・財務/エネルギー担当・中央銀行・同盟かで影響度が変わる。
- (B) どの経路で効くか → 原油→CPI→金利→為替→株/債券。
- (C) 時間軸 → 即時(スポット価格)/数週間(在庫・保険料)/数カ月(投資・金利)。
- (D) 反対シナリオ → 「供給が止まらない」「代替調達が早い」ケースも考える。
- (E) 中央銀行との相互作用 → 資源高→インフレ再燃→利下げ後ずれ/引き締め長期化。
■ よく出る用語をやさしく解説
- シーレーン: 海の幹線道路。止まる=物流が詰まる。世界の商品取引の80%以上、日本においては95%以上を海上輸送であり、そのうち50%以上は海上コンテナ+大型貨物船で輸送されています(これも地政学の知識の1つです)
- チョークポイント: ボトルの首。ホルムズ海峡・マラッカ海峡など。日本語で言う「首根っこを押さえる」
- 安全資産: 不安のとき買われやすい資産(円・米国債・金)。
- 地政学リスク: 紛争や制裁に限らず、国家の思惑や政策も含む。
■ サイドコラム:イベントの裏で動く“人と国家の習性”
- 国際スポーツの裏 → 大国が国内政治のため動く。
- サミット・首脳会談前後 → 牽制や示威行動。
- 米国の3連休 → 大型倒産発表が連休裏に出るジンクス。
- 日本の選挙直後 → 難しい政策を出す傾向。
👉 「人が油断するタイミング」を知ると、ニュースの“裏の合理性”が見えます。
■ まとめ:構造を観察してみましょう
- 地政学は社会科の総合版。争い事だけではなく地理・歴史・資源・宗教・政治経済の重なりを読む。
- 見るべきは供給・物流・通貨・心理の経路。
- ニュースを金利・為替・株/債券へ“線でつなぐ”と反応が腑に落ちる。
- 安全資産への逃避・インフレ再燃・利下げ観測の後ずれなど、“次の一手”の想像力が武器。
コラム:スエズ運河は“古代遺跡”ではなく、私たちの生活線
エジプトと聞くと、ピラミッドやスフィンクス、古代の神殿を思い浮かべる人も多いでしょう。
でも、スエズ運河は“遠い歴史の産物”ではありません。現代の生活に直結する存在です。
スエズ運河は地図上で見ると細い線にすぎません。
けれども、ここが止まると中東から欧州に向かう原油の大半が止まり、欧州からアジアへ向かう 大半の物流が止まります。
先に書いた 1956年のスエズ危機で運河が封鎖されると、欧州では石油不足から街の明かりが消えたり、ガソリンの配給制が導入された国も出ました。
📌 ポイントは「地図上の一点」が、生活の明暗を分けること。
スエズを通れないなら、アフリカ南端の喜望峰経由で回れば良いのでは?と考える方もいらっしゃると思いますが、実際には何倍もの時間とコスト、そして荒れる海の中、命をかけて荷物を運ぶしか方法は残されていません。
👉 そうやって考えてみると、地政学・地政学リスクとは、難しい専門学問でも遠い世界のお話でもありません。
毎日の通勤の電車、家の灯り、快適に過ごすエアコン、食卓のパン(材料の小麦、焼くのに窯を使い、配送には車が必要)、ペットボトルを始めとするプラスチック製品からおもちゃにいたるまで──すべて繋がっています。
そう、地政学は「私たちの日常の延長線」なのです。なぜなら世界は繋がっているからです。
次回以降の予告(誠意作成中)
その②:資源編 — 原油・ガス・食料と通貨の力学、チョークポイントの実務
その③:宗教・民族編 — 価値観・歴史の“目に見えない国境”
その④:海洋編 — シーレーン・拠点・海の覇権と貿易・為替